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「イマドキの動物 ジャコウネコ」

 
 これを読んだ。

イマドキの動物ジャコウネコ: 真夜中の調査記 (フィールドの生物学)

イマドキの動物ジャコウネコ: 真夜中の調査記 (フィールドの生物学)


 フィールドの生物学のシリーズだけど、出版予定のときにはタイトルが「イマドキの動物 パームシベット」となっていて、そりゃ何じゃ?と思っていたら、ジャコウネコ科の一種のことだった。日本語名ではマレージャコウネコと言う事で、ハクビシンにかなり近い動物らしい。テーマは、そのパームシベットの食性が森林の種子散布にどう関わっているかなのだけど、最初はパームシベットではなく、オランウータンの話から始まる。

 

  著者は、たまたま読書していた教室で行われた、北山兼弘教授の「植物生態学」を聴く。マレーシア、キナバル山での樹木の多様性と機能についての話を聞くうちに、そこで研究したいという気持ちに目覚め、修士に進んで野生ドリアンの種子散布過程における大型動物の役割」というテーマで、ドリアンとオランウータンの関係を調べることになる。
 ここで、それまでぷらぷらしていても、これ!と思った時の行動力は抜群だ。チャンスを物にする力、と言うべきか、すぐに教授に連絡を取り、2ヶ月の勉強で大学院入試を突破する。

 
 そして、ドリアンの種子散布において、従来から知られていたオランウータンは果実をよく食べるが、種子をかみ砕いてしまうために実は種子散布には貢献していないこと。実際には、調査したドリアンのうち、赤ドリアンはサイチョウ類が、白ドリアンは大型の陸上哺乳類(マレーグマ、ゾウ)によって種子散布が行われていると言う事を見いだす。 そして博士課程では、調査中よく目にした道路上のパームシベットの糞から、食肉目の種子散布者としての役割に目をつけ、原生林ではなく二次林でのパームシベットによる種子散布の働きを調査する。


 ここで、いきなりオランウータンからテーマをパームシベットに変えるのは、驚き。修士から博士課程なら、普通最初に手をつけた動物を対象にするだろう。大きなテーマは種子散布で変わりないものの、動物が変われば観察方法も観察する植物も、調査地も何もかも変わるのだ。しかも、パームシベットは夜行性…。そんなリスキーな事は、普通しないよなあ。
 けれど、ここでもやはり自分のカンによって、著者はあえてリスクをとる。そして、所属する研究室、調査地、資金、調査許可などの数々の問題に粘り強く取り組み、それらを一つずつ解決していく。その過程では、極貧の栄養不足により、頻繁に調査路を切り開きながら倒れたり、夜間のテレメトリー調査中に森でゾウに襲われたりする。
 それでも、いったんこうと決めた事は、必ずやり遂げるという意志の力はすごい。決して諦めずに解決策を考え、自分の限界まで努力することが出来ると言う点が、普通の人と何かを成し遂げる人の違いなんだろう。


 そして、タビンの調査により、二次林は原生林に比べて生産力が高いこと。パームシベットは果実をそのまま食べて比較的大きな種子も含む糞を出し、しかも行動圏が広いこと。更に開けた場所に糞を残す傾向があることで、森林の種子散布者として、サルなどに比べても優れた種子散布者になっていると言う事を明らかにする。
 それを明らかにするために行ってきた調査は、実に精密だ。糞の表面のDNA分析や、魚眼レンズを用いた空間の開放度の測定、更に様々なデータ分析など、その全てを研究過程を通じて一つ一つ身につけて行くのだから、やはり並の努力ではない。


 本で示される、パームシベットを含む食肉目は、種子散布に特化しているわけでないが、食肉目の本来持っている性質故に、他の種子を食べる動物に比べても種子散布に貢献しているということ。種子散布に見られる動物と植物のユルい関係は、確かに魅力的。
 生物の相互関係の中には、特定の送粉系のような生物の間で特化した関係もあるけれど、種子散布系のようなユルい関係ある。だからこそ、生物の相互関係は面白い、というのは確かにそうだなあ。


 著者は、最近はアフリカで研究しているようだ。アフリカと言えばサバンナだけど、ムバラクのサバンナは人の活動(野焼き)によって維持されており、野焼きで作られたサバンナがあるからこそ、多様な環境が出現し、多様な生物が生息出来る事が示される。どのような環境も、常にヒトの活動も含めた歴史を持っている。だから、ヒトの活動も含めた環境の在り方というものを考えて行く必要がある、というのは目から鱗
 

 ペインの実験で示される捕食者の役割や、ギャップ更新など、生態学の知見の集積と共に近年大きく自然の見方が変わってきたと思う。この分では、今後20年くらいのうちにもまた、見方は変わっていきそうだ。
 その変化が、とても楽しみ。