hyla’s blog

はてなふっかーつ!

「捕食者なき世界」

  
 今回のお出かけで、移動時間のためにバックに入れたのはこれだった。

捕食者なき世界 (文春文庫)

捕食者なき世界 (文春文庫)


 オオカミなど、生態系の食うー食うわれる関係の頂点に君臨する、頂点捕食者を失った世界はどのようになるか、いろんな研究を紹介してくれている本だ。参考文献の多さをみても、かなり丁寧に調べ上げた上で書かれたものだし、まさに今問題となっているトピックだ。
 ここでは様々な事例が挙げられている。


 高校の教科書にも出ている、有名なペインのヒトデの実験の他、ラッコが守るケルプの森の話、ダム湖に出来た人工の森で、捕食者がいないために起きたサルを中心とした生態系の崩壊、オオカミを失った事でシカが増えすぎ消失していく森の木々とそこに生きるものの話など、どれも興味深い。

 共通しているのは、頂点捕食者がいないと、中間捕食者が増え、最終的に中間捕食者の餌となる生物が減少し、荒れ果てた生態系で飢え死にしていく動物が残されるという、かなり悲惨な流れだ。頂点捕食者が居ることで、生態系のバランスは保たれている。しかも、それは頂点捕食者の純粋な捕食による影響だけではなく、それが居ることで呼び起こされる恐怖心によるものも大きい、というのはへえ〜、と感心した。
 オオカミがいると、シカはオオカミを恐れるが故に、ゆっくり草を食むことがなくなり、だから草や幼樹が食い尽くされることなく残る。けれど、それがまた同時に、再び頂点捕食者であるオオカミを野に放とうとする活動の妨げになっている。なぜなら、ヒトもまた頂点捕食者に捕食される動物であったから。というのは、そうかもしれないな、と思える。捕食される生き物としてのヒトについては、ヒトは食べられて進化したにも詳しい。


 さて、この本では、捕食者を失って荒廃したイエローストーンにオオカミが導入された事で、急激に生態系が復活したと報告されているけれど、日本の現状はどうだろう?
 日本でも、ここ20年くらい、中・大型哺乳類の増えすぎによる問題が大きくなっている。シカにイノシシ、あるいはイノブタ、サルにアライグマやハクビシンなど、農業を中心にどこでも大きな問題を引き起こしている。
 この辺では、イノシシの影響が一番大きいけれど、既にもうイノシシは山からあふれる程に増えすぎていると感じる。市街地にイノシシが出たという報道もよく聞くし、海を泳ぐイノシシの報告もある。私自身、先日も東の方の海岸で、死んだイノシシを見たばかりだ。あれは、海に泳ぎ出て、島へ渡れなかった個体だったのかもしれない。
 
 そういう害獣と化した中間捕食者に対して、日本でもオオカミの再導入を呼びかけている団体があるようだけど、それは本当に良いのだろうか?日本のオオカミはタイリクオオカミの亜種らしいけれど、相当異なっていたのではないだろうか?失われた日本のオオカミの代用に、タイリクオオカミを導入することは、どうなんだろう?
 
 けれど、他に打つ手はあるのか?と言われると、確かに何もない。放置するわけにはいかない、大きな問題ではある。本当にもうかなりヤバイ、考えながら行動せねばならない状況だと思う。
 だから、研究者に研究して欲しい。データで、一番良い可能性を示して欲しい。それがあるなら、判断できる。協力できる。対策をとる事ができると思う。ヒトには、完全な野外生物の管理などできない。これまでも、良かれと思って野に放たれた生物が、逆に問題を引き起こした例は数多い。だから今何をするべきか、データが必要だと思う。

 
 だのに、日本では、こうした状況に対応出来る研究機関、更に人材を育成する所が、少なすぎるのではないだろうか。生態学がきちんと学べる大学、更にその中でも哺乳類の生態学について研究できる大学は、どれだけあるだろう。年間何人くらいの学生が育っているのだろう。そして、そこで学んでも、その知識を生かして保全に関われる就職先はあるのか…?
 既にある程度は、増えすぎた野生動物の管理の問題について、研究されているのかもしれない。でも、十分とは思えない。研究者が学生と共にがんがん研究しつつ、そこを卒業した学生が公務員などになって行政を動かし、興味を持つ民間の団体などとも協調しながらこの問題に取り組んで行かねばならないはずだ。だのに、今は大学でも、研究ではないことで、研究者の時間と手間を奪っているような気がする。


 文章は読みやすくて、一気に読める。
 けれどその分、読んで暗い気持ちになった。