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「ルポ虐待」


 これを読んだ。そして、とても重い気分になった。

ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件 (ちくま新書)

ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件 (ちくま新書)


 ルポだから、読みやすくて一気に読めてしまう。この事件自体は、センセーショナルに報道されたけど、裁判の結果までは知らなかった。母親は、懲役30年という判決だったのだそうだ。子供を死なせた罪は重いけど、20歳代の女性にとって、30年刑務所にいると言う事は、ほとんど一生のように思えるに違いない。
 では、それは妥当なのか?彼女はどんな人だったのか?なぜこんな事件になったのか。どこかで何か、こんな事件にならないようにする手立てはなかったのか、と考えてしまう。


 事件を起こした女性は、母親が浮気をして家出をして両親は離婚し、忙しい父親に育てられる。父親は、弁当は作っても、子供の寂しい気持ちとは向き合うことなく、自分のやりたいことをやって、再婚したり、新しい女性とつきあったりする。
 そんな家庭といえないような環境で育ち、中学で非行に走り、県外の高校を出て一人暮らしを始め、20歳になる前に妊娠してそのまま出産・結婚した女性は、とても不安定。そして、浮気して離婚して、たった一人で二人の子供を育てることになり、やがてネグレクトに陥って子供は死んでしまった。


 子供を産み、育てるには、母親自身があまりにも幼いし、不安定過ぎる。だのに、だからこそ早い結婚をしてしまうのだろう。それでも必死に良い母親、良い妻を演じて、受け入れられたいと思っただろうに、そして半ば成功しかかっていたのに、何故彼女は自ら浮気や借金で、それを自ら壊すような事をしたのか?それはわからない。
 真っ当につきあうには、面倒なタイプではある。けれど、彼女はそのように育つよりなかった。


 だから、多分そのことを知っていて、なぜ離婚した夫やその家族は、罰するように育児を押しつけたのかとは思った。「浮気をしません。借金をしません。子供の事を一番に考えます。」といった誓約書を書かせ、養育費も払わず、その後一度も面会することもなく、家を追い出すことで、そういう彼女が成長するとでも思ったのだろうか?


 多分、面倒だから追い出したかったのだろう。旧家の嫁としては、気に入らなかった。だから追い出し、実の父親や母親が面倒を見るはずだ、と思った。いや、勝手に思い込み、自分たちが面倒を見る必要はないことにした。
 そしてまた、実の父親も忙しい毎日の中で、もうこれ以上娘に関わり合うのは、面倒だったのだろう。


 
 黙って離婚し、子供の面倒はちゃんと見ていると言い続けた彼女は、そういう無言の期待に応えただけなのかもしれないと思った。



 子供を放置して、自分をその瞬間満たしてくれる快楽に走った母親が身勝手なのは事実だけど、離婚したことで全ての責任はなくなったかのようにふるまっていた夫も、どう考えても無理な子育てを押しつけたあげく、「孫を見殺しにした」と極刑を求める義理の両親も、家庭を放置して自分を満たしてくれる部活動指導にのめり込んだ実の父親も、誰もかも身勝手。
 それから、「子供は預けた。」という彼女の言葉を多分嘘と知りつつ一緒に遊んだ友人や、次々に変わっていった彼女の恋人も、毎晩響く子供の泣き声を知りながら放置した近所の人や、慢性的人手不足の中で虐待の電話を受け現場に赴きながら介入に失敗したことで福祉事務所を責める人も、多分みな同じようにごく普通の人で、みんな少しずつ身勝手。
 面倒な事に関わりたくない、という気持ちは私を含め誰の中にもある気持ちだ。みんな誰しも、誰かが手助けする(だから自分は関係ない)、と考えたがる。そして、その間に子供達は死んでいったのではないか。


 子供を死なせてしまい、自分も不幸になった若い母親だけが、特別に愚かで残酷で母親失格だった。これはそんな母親だから起きた特別な事件だと、言ってしまうことは簡単だし楽だけど、それでは何の問題解決にもならない。
 母親と二人の子供が、今も笑ってられた未来もあったはずだ。だのに、「ちょっとした何か」が足りなくて、それが積み重なり、暑いマンションの中で飢え渇きながら子供達は死んでしまい、母親は刑務所の中で暮らしている。

 
 
 ちょっとした何か…。
 


 それは、福祉制度の充実や運用方法の改善とかもあるだろう。けれどそれ以前に、それぞれが自分の周囲の人について、「あの子は、大丈夫かな?」と考えてみることや、「大丈夫?いけるんな?」と、声をかけることも、その「ちょっとした何か」になるかも知れない。
 そして、困っている人がすがりついてきて、それをたった一人で支えれば自分もおぼれてしまうかもしれないけれど、同じようにする人が10人いれば、支えきれるかもしれないね。