hyla’s blog

はてなふっかーつ!

「モグラー見えないものへの探求心」


 これを読んだ。フィールドの生物学シリーズシリーズの一冊で、丸ごと一冊モグラ本。染色体分析を中心として、モグラの分類なども行っているモグラ研究者のお話だ。

モグラ―見えないものへの探求心 (フィールドの生物学)

モグラ―見えないものへの探求心 (フィールドの生物学)


 著者は、調べて見ると、とにかく昆虫少年、生き物大好き少年だったようだ。そして入学した弘前大学理学部で、哺乳類の染色体分析の研究室に入る。この本には書かれてはいないけれど、そこで染色体分析の技術を学び、その面白さにとりつかれ、修士課程でモグラについて取り組んだようだ。その後、いったんは実家に戻って家業のクリーニング店を手伝うのだけど、研究したいという気持ちが抑えられず、モグラ研究のために名古屋大学の博士課程に進む。この本は、ちょうどその辺りから始まっている。


 博士課程で著者はモグラ研究に取り組むけれどモグラ研究、それも染色体分析を行う為には、生きているか、あるいは死んですぐの新鮮な材料が不可欠なのだそうだ。そこで、四苦八苦してモグラ採りの技術を身につけていく。それは苦労もあるけれど、実のところ著者はその過程を存分に楽しんでいる。その辺がやっぱり、そもそも生き物が大好きな人間らしい。
 そして、苦労しながらコウベモグラとアズマモグラの染色体の違いや、サドモグラやエチゴモグラといった日本国内のモグラの染色体を調べ、やがてロシアのアルタイモグラアメリカのトウブモグラアメリカヒミズを研究し、更には台湾や中国雲南省、そしてベトナムやマレーシアのモグラにまでその研究の範囲は広がっていく。
 同時に、当初は染色体にだけしか着目していなかったけれど、頭骨や歯の形態にも着目し、総合的に調べて新種の記載もできる研究者として成長していくのが見事。



 その中で、やはり私は著者のいろんな事に対する順応性の高さがすごいなと思った。例えば普通、一度も外国へ行ったこともないのに、いきなりロシアへ留学どう?なんて言われたらびびるだろう。けれど、それなら行こうと決め、ロシアのモグラの染色体分析に取り組み、同時に形態をよく観察することの大切さにも気づく。
 あるいは、雲南省では翌日のトイレに恐怖を覚えつつも、強いお酒と辛い四川料理を食べ、そして全力で採集と標本作製に取り組む。
 そうやって、一つ一つのチャンスに真摯に取り組み、その都度成果を出すことで、「モグラ博士」の異名をとるまでになり、そうなることで更にチャンスをつかみ、そして国立科学博物館の研究員と迎えられるにいたっている。


 目の前のチャンスに対して、どれほど困難そうに見えても、必死に取り組みその仕事をきちんと成し遂げること。チャンスをものにすること。その先に未来は開けるんだな、と実感する。そしてその為に、著者は十分下調べを行って計画を作成して取り組んでいるし、何より馬力もある。
 それともう一つ大事なのが、人脈を築く力なんだろう。知人がいたからマレーシアへの調査の声がかったわけだし、参加も実現する。良い人間関係を維持する事は、研究を進める上で、非常に重要なんだろうな。



 少しだけ残念なのは、著者の専門とする染色体分析についての解説が、ややはしょられすぎていて、素人には分かりにくい所があること。「アクロセントリック」とか「サブテロセントリック」とか言われてもイメージが湧かないので、そうした分かりにくい点は、説明図も作成して頂けると、嬉しかったかなと思う。



 とは言え、読みやすい文章だし、モグラ研究の楽しさ、フィールドの楽しさが存分に伝わってくる楽しい本だった。同じ著者によるモグラ本としては、モグラ博士のモグラの話 (岩波ジュニア新書)というのも有るのだそうだ。こっちも機会があれば、読みたいな。