hyla’s blog

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「テングザル」


 この本を読んだ。

 

テングザル―河と生きるサル (フィールドの生物学)

テングザル―河と生きるサル (フィールドの生物学)

 
 フィールドの生物学シリーズのうちの1冊で、未読だったのだけど、読み出したら一気に読破してしまった。とても読みやすくて、読後感もさわやか。


 著者の松田さんという方の履歴は、ちょっと変わっている。霊長類の研究だから京大出身と思いきや、京大ではないし、そもそも大学での専攻は生物ですらない。同志社大学工学部の出身で、卒論ではセラミックをやったそうな。そこで、こつこつ何かを明らかにする楽しさに目覚め、研究するなら生物の方が楽しいだろうと、院に進む事を決意。そこで、水生昆虫と哺乳類の研究者に話を聞き「水生昆虫のような小さな動物を研究して楽しいのか?もっと眼に見える大きな生き物「サル」の研究の方が夢があるし、おもしろいにきまっとる!」という西邨顕達教授の言葉にのっかってアマゾンに行きクモザルの研究をしたのが研究の始まりとか。

 
 冗談のような本気のようなその言葉にビビっときたんだろうけど、その人生の転換点において発揮される野生の勘は鋭い。その後も、霊長類の研究を続けるためにどうすれば良いか悩み、テレビ番組で見たテングザルにビビっときて、北海道大学の博士に進み、東正剛先生の研究室に入る。
 

 その東先生というのは、どうやら独特な指導力で知られているヒトらしく、こんな本も出ている。

パワー・エコロジー

パワー・エコロジー

 ことある毎に、「面白いと思うなら、とにかくやってみろ」、「頭はついてりゃいい.中身はあとからついてくる」などと言うのだそうだ。きっと東先生は本気でそう言うのだろうし、だからこそ院生には何より心強い言葉だろう。
 多分きっと、著者もその言葉に励まされ、「体力と気合い」でテングザルの研究地の開拓からトレイルづくり、餌となる植物のフェノロジー調査など、まさしく0から研究をスタートさせ、個体識別したテングザルの行動をひたすら追い続ける。
 その調査総時間は13ヶ月の調査期間で、何と3500時間あまり!ヒルやダニやハチ、時にはゾウなどに追い回されるジャングルの中を、ひたすらテングザルを追い、何をして、何を食べているのか観察し続けるそのバイタリティーは、すごい。そして、そうやって得られた膨大なデータを元に、たくさんの発見をしている。


 テングザルは、一日の大半を休憩して過ごすこと。それは、テングザルが反芻することで葉を消化吸収することと関係しているけれど、実は未熟な果実(特に種子)も多く食べる事。その果実の実る量によって、移動行動が変化すること。川を飛び越えるときには、川幅の狭い所を選んでいることなど。
 その中でも特に、テングザルが川縁で休むのはウンピョウの捕食圧のためで、だから洪水がきて森の中でもウンピョウが近づけなくなると、森で休憩するようになる、という調査結果はすごい。このデータを得るために、一日中水に浸かって水浸しのジャングルを歩き回っているってんだから、そりゃ普通の人はやらないって!けれど、大変であった事は間違いないだろうけど、同時にとにかくわくわくする毎日でもあったはずだ。毎日新たな発見が得られる。それこそが、フィールドの生物学の魅力だ。


 そして、多分そうした研究結果を出せたのは、本人のバイタリティーだけではなく、お人柄もあるのだろうと思う。調査は一人だけではできない。現地のヒトを雇うこともあるし、現地のヒトに受け入れられ無ければ無理だ。想像だけど、多分どのような時でも楽天的で、そうした煩わしさも上手くこなして協力を得られるように持って行ける人なのだろう。だからこその結果なのだと思う。

 
 それは、最後の後書きにも現れている。後書きでは、言葉巧みに調査に引きずり込んだ恋人(後の奥様)への感謝の言葉に始まり、お世話になった人の名前が1ページあまりに渡って掲載されている。これを読んだ奥様はきっと、とても嬉しかっただろう。そして、その奥様の努力を知ってこうやってちゃんと感謝の念を明確に示してくれる夫だからこそ、無給の時も必死に働いて支えたのだろう。また、協力をした人もその事に対して最大限努力した研究結果で報いるからこそ協力し、更に極力してくれる人が増えていくのだろう。自分自身を飾らず、素の自分をさらして、ひたすら努力すること。その大切さがわかる。少なくともフィールドワーカーにとって、素直さと協調性が大切な資質の一つであることは間違いないだろう。



 そしてこんな本を読むと、東先生が学生等を感化したように、ちょっとだけ私も素直になる。そして、仕事だけでなく、生き物についてもっと知りたい、頑張りたいと思う。
 アマゾンやボルネオには行けないけれど、私たちの足元の生き物達についてですら、私たちはほとんど知っていない。調査されていない事は山ほどある。だからちょっとだけ頑張って、そうしたあまり人に顧みられないマイナーな生き物について調べて、いつかどこかで役立つように、何とか記録しておきたいというのが、ささやかな私の夢である。


 そのためにも、まず標本をつくらんとね…。
 うん、今日からまた頑張ろう。