hyla’s blog

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「リリエンタールの末裔」


 だいぶん前に買っていた、これを読んだ。
 

リリエンタールの末裔 (ハヤカワ文庫JA)

リリエンタールの末裔 (ハヤカワ文庫JA)


 やっぱり読みやすいし、とてもよかった。華竜の宮では壮大なスケールの海洋SFで楽しませてくれたけど、こちらでは4つの短編を集めている。

 表題作の「リリエンタールの末裔」は、華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)と同じ未来の設定で、けれど背中に鳥のような余分の2本の手を持ちつつ、空を飛ぶことにとりつかれた少年の話。どれほど困難であっても、小さな幸せを見つめるのではなく、空を飛ぶことをひたすらに追い求めて行く。そしてそれが叶った時、その後のどんな困難が予想されても、ただただ嬉しかったに違いない。初めて空を飛んだオットー・リリエンタールのように、飛ばずにはいられなかった少年の話。

 
 この他、思考を映像化して植物状態の夫と交流しようとする妻と、その妻に恋心をもつ男性の話「マグネフィオ」。それから、自立型無人水船のAIと繋がって船を操作する中で、ヒト機械同化症候群を発症した男性の話「ナイトブルーの記憶」。そして、架空の18世紀のイギリスで、狂わない時計マリン・クロノメーターを作ろうとする職人ハリソンとそれを見守る家政婦で時計職人エリーの話「幻のクロノメーター」が入っていて、どれも機械技術とヒトの関わりを様々に描いている。

 
 私が一番好きなのは、最後の「幻のクロノメーター」。一生をかけてマリン・クロノメーターを作ろうとするハリソンは実在の人物らしいけれど、これはSFなので、そこに石のような外見を持つ補正型調査機械が入り込んできて、あっさり全く狂わない時計ができてしまう。それでも、自分の力でマリン・クロノメーターを作ろうとするハリソンと、それを見守る人たちの生き方は、何だかぐっとくるものがある。
 

 そして、補正型調査機械が入りこんだことで「不老のエリー」となってしまった時計職人エリーの語る、最後の独白は良いなあ。

 

いつの時代だって技術自体に罪はない。悪い使い方しかできないのだとすれば、それは人間が愚かというだけのことよ。圧倒的な技術力を誇りながら、それを社会の幸せのために使えず、自分たちは滅びる方向にしか使えないならー大勢の人間を苦しめ、不幸にし、ただ一つも解決法を見いだせないならばーそれは、ただただ、人間がそれまでの存在だということでしょう。
 私はそんな未来は見たくない。
 でも、それしかできないなら、それもまたひとつの在り方かもしれないわね。


 と、人の素晴らしさと罪を、その矛盾に満ちた存在を、そのままエリーは受け止める。いつか滅んでいくのなら、それもしょうがないと。その上で、最期にこう語る。

 

 私たちは、技術と共に生き、技術と共に滅ぶ。
 その結末を、最期の瞬間まで見届けようと思うの。
 あなたはどうする?何を見て、何を選ぶ?
 人間という生き物である限り、何を選んでも良いんじゃないかしら。

 これを読んで、今の時代にも、もはや魔法と見まごうまでに高度に発達した科学技術がたくさんある。その中には、危険な技術もたくさんあるけれど、それでも科学技術の素晴らしさを、それを作り出す人の強さを信じていたいと、今も確かに私は思っていることに気づかされる。
 科学技術は、子供の頃に良く見た未来の想像図にあったような素晴らしい未来をもたらすと同時に、人の残虐さを更に加速させる事もある。それでも、人は科学技術を研究するし、何の役に立たないような事でも、わからないものを解明しようと挑み続けるだろう。それこそが、人が人であると言う事だと、私は思う。そして、その営みの中で、ほんのささやかでも何かを明らかにしようとし続ける限り、人は決して一人ではないし、その人の生は無駄ではないと思う。



 と言う事で、様々な読み応えのある作品が詰まっていて、とても良かった。個人的にはあまり短編集は得意じゃないのに、これはほんとに気持ち良く読めたな〜。


 これぞSFと思います。理系な人なら、絶対ぐっとくるよね!