hyla’s blog

はてなふっかーつ!

マニアっく

 夜、くつろいでふとテレビを見てみた。

 適当に回したチャンネルの中では、「家族が困りはてる趣味を持つ人々」が紹介されていた。一時間ほど見て、結局飽きて消してしまったのだけど、それだけでもよくもこんな趣味の人がいるもんだと感心した。それと、同時にここまで常軌を逸することができる実行力と集中力と経済力を持ち、同時に何とか社会生活を送れているのだから、そういう点ではこの人達はある意味すごいのかもと思った。

 
 でも、一つの趣味にこういう異常なまでののめり込みを見せるのは、結構日本人にはありがちな気がする。趣味だけでなく、海洋堂とかのフィギュアもそうだし、ガレージキットとかもそうだ。過剰なまでに何でもキラキラをくっつけてしまうデコの技もそうだし、デコ弁もそうだろう。必要なレベルではなく、とにかく自分の満足できる状態にしたがる気質は、これはうまく生かすことができれば特筆するべき才能だ。特に、ものづくりやホスピタリティーの現場では大切な要素なんではなかろうか。

 
 身近な日本の商品を見ると、そういう事を感じる作り方を持つものがたくさんある。

 
 お菓子を食べた後、簡単かつ綺麗にたたみ易くミシン目を入れた箱入りのクッキー。
 よく見ると、半分紙を折り返して包んである個包装のガム。
 いつの間にか、簡単に本体からとって分別できるように工夫がされたペットボトルの醤油の蓋。
 パソコンを箱の中で固定するために組まれた段ボールの梱包材。

 あるいは、そこまでやるか、の旅館やホテルの接客。こだわりの料理。

 
 そこまでは要求してないけどなあ、と思うところまで神経を行き届かせたものづくりは、やっぱりとても日本的だと思う。そういう日本のマニアックさって、やっぱりこれからの日本の発展を考える上ではとても大事なものではないだろうか。

 
 ただし、そういうマニアックさは、うまく場を与えないと発揮されない。過剰な同調圧力をかければ、むしろつぶれるし、非社会性につながることもかなり起こりえるだろう。となれば、マニアックさを持つ人材をうまく活用できる人が今は必要なんではないだろうか?そういう寛容性が大事なんではないだろうか、と思った。逸脱を才能とみて、それを生かす場を見つける。そういう人材があれば、もっと様々な可能性を伸ばすことができるかもしれない。



 とは言いつつ、かくいう私も(つか、うちの家系は割と皆そうなんだけど)若干平均からずれたところにあるってことは自覚して、世間に迷惑かけないようにしないとな・・・。