hyla’s blog

はてなふっかーつ!

バジリスクの魔法の歌

  久しぶりに近くの本屋へ行ったら、創元の文庫の棚が少し変わっていて、マキリップが並んでいた。しかもよく見てみると、これが入っていた。4月16日出版の本なのに、20日すぎに棚に並ぶとは(これまでは数ヶ月後でないと入らなかったのだ。)やればできるじゃないですか!
 ということで、早速購入して、その日のうちに読みはじめ、一気に読破。
 

バジリスクの魔法の歌 (創元推理文庫)

バジリスクの魔法の歌 (創元推理文庫)



 で、今回のお話は、帯の「殺戮を生き延びたひとりの幼子 辺境の詩人学校から宿敵の支配する都へ グリフィンの密かな復讐が始まる」の通り、家族を殺された生き残りの少年の話。

 と思って読み始めるのだけど、最初の数ページはちょっとちょっと。その惨劇の後の宮殿の描写から始まるのだけど、その状況をみているのは「灰」。ちょっと待て、何で「灰」が見たり聞いたりできるの?と少々戸惑う。それでも、帯や最初の説明を頭に入れて数ページを読むと、後は何となくするっと世界に入れる。

 そして、これまた何となく生き延びた子供が大人になって復讐するんだろうと思いつつ読み進めると、大人も大人、なんと主人公は一気に37年経過しておじさんになって物語が動き始めた。ええ〜。おじさんの話〜?って思うのだけど、物語が動き始めると後はどんどん行く。アリオッソの前で行われるオペラに向けて、隠謀と思惑が渦巻き、どうなるのかはらはらさせて、最期は一気に結末に向けて収束していく。

 
 で、読み終わってみると、メインの部分で主人公が若者ではなくおじさんであること、そして息子と共に故郷と自由を取り戻すべく都へ帰ることで、主人公カラドリウスとその息子ホリスの信頼や互いへの愛情が印象に残る。その写し絵のように、冷酷残虐なる宿敵アリオッソとその娘ルナの関係も印象深い。音楽学校の教授であるジュリアやジャスティンヘクセルといった面々の言動は、シェークスピアのように軽やかな喜劇となっていて、全体を重苦しいだけにはせずに、物語に陰影を与えている。

 
 そして、やはりマキリップの作品として、最も印象深いのは主人公が記憶を取り戻すために北の国をさまようあたりだろう。自分の中に、様々な物が歌う歌の中に、翻弄されるような描写は、「イルスの竪琴」でイルスが雪の中を「偉大なる者」を探して彷徨うシーンを思い出した。そうなると、宿敵アリオッソはギステスルウクルオームあたりの役所か?
これまでのマキリップの作品の中では、一番「イルスの竪琴」と感じが似ている。
 
 
 更に、アリオッソより、ルナが強い印象を残す。この作品のもう一人の主役はルナだろう。

 
 美しいルナは、アリオッソから、毒薬の使い方、スパイの扱い、そのほか全ての隠謀の技を伝えられ、アリオッソの死の床において、長男を差し置いて後継者として指名される。そんなルナは、父に可愛がられ、父に対して愛情は持ちつつも、おそらくストレートに残虐性を見せる父のやり方に目を潜め、更によりも更に深く魔法の力の魅せられている。だからこそ、父の死の床において、捕らえたカラドリウス放ち、トルマリン家を再興することさえ許可したのだ。単に支配するのではなく、平和を維持する事の利益を選ぶ、その冷徹さは美しいが故に恐ろしい。
 表紙絵のピコシェと思われる楽器を弾く女性は、ルナなのだろうか?

 
 ルナは、最期でカラドリウスに、彼が北の国で見いだした魔法の技について教えるように言う。それについてカラドリウスは拒否し、自分は魔法の正体を突き詰めるべく再び北へ旅立とうとするところで物語は終わる。
 これで物語が終わっても違和感はないが、ルナが、そして、カラドリウスがどのように生きるのか、この続きを読んでみたいと思った。

 
 で、長々と書けるくらいで、作品は良かったと思う。

 

 のだけど、誤植は気になる。よく似た名前ではあるのだけど、どう考えてもアリエッソの次女であるダニエット姫と音楽学院の教授であるダルセットの名前が入れ替わっているところが何カ所かある。再版の折には、訂正願いたい。 

 それと、タイトルの「バジリスクの歌」だと、「バジリスクが歌う歌」の意にとれる。原題は「Song  for the Basilisk 」で、「バジリスクへの歌(=アリオッソを殺す為の復讐の歌)」なので、もう少しタイトルにひねりがほしかった。

 

 でも、(文庫で1000円とお高いですけど)マキリップマニアでない普通の人にも十分オススメできます。