三年で辞めた若者はどこへ行ったっか?
やっとこれを読破した。
3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代 (ちくま新書)
- 作者: 城繁幸
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2008/03/01
- メディア: 新書
- 購入: 12人 クリック: 412回
- この商品を含むブログ (275件) を見る
前著、若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)に続いた内容と思って読み始めたら、全作とはずいぶん異なる印象で、こちらでは、三年で辞めた若者のその後について、一般論ではなく、個々のケースを紹介する形となっている。つまりは、それだけ方向性が多様であることか?とは思うものの、なんだかとても散漫で読みにくいこと読みにくいこと。
で、やっと読破して思うのは、本当に今時、一度勤めた会社で一生勤めるなんてことはこっからはあり得ないと思ってなきゃいけなし、いざという時に備えて自分自身のスキルアップとネットワークの構築ってとっても大事なんだなってこと。
でも、大人の視点にたってみればそういうことは嫌でもわかるのだけど、その辺はこれから社会にでる若者はわかっているのだろうか?特に、高卒で社会にでる若者は・・・。ってな事を考え出してしまった。
今年は、リーマンショックのあった昨年以上に就職戦線の冷え込みは厳しい。特に今年の場合は、高卒の就職の落ち込みが厳しいということは、テレビや新聞にそのネタがしばしばでてくることからもその厳しさが伺える。
で、どう考えても就職戦線にあぶれる人が多く出る。
正社員は単純労働でさえもなかなかつけない状況だし、たとえ正社員になってもそれで一生を成り立たせることは難しい。けれど、高卒で就職できなかった、あるいは就職してもすぐ離職してしまった人々は、自分で企業が求めるようなスキルを身につけることは困難だ。
そんな中で、昭和的な「上昇志向と安定感」を持たない若者が増えていることはどうなんだろう。これまでの価値感に安穏とすることは危険だけど、上昇志向は大事じゃないのか?
生活の上昇志向を持たないだけならいい。スキルと収入、生活と仕事、そういうことのバランスをとりながら、ほどほどにいけるのならいいけれど、それってそれなりにかなりな力を要求することだ。
「昭和的、学校的価値観=努力すること」を身につけ、そして成果を出すこと。それがあって初めて自分自身のキャリアアップなんてことも可能だろう。だからは通用しない世の中なんだけど、逆に生活が破綻しない中での「ガンバリズム」は大事だと思う。
身も蓋もないようだけど、「がんばればうまく行く」のは幻想だけど、「がんばらなきゃしょうがない。」のだ。
この極めてシビアな現実を前にしてそれでも頑張れってのは、ある意味無情だ。でも、それをしないとしょうがない。
なら、今の教育に求められていることは、がんばれば良くなるという希望にあふれた「ガンバリズム」ではく、がんばらないとどうにもならないという悲壮感漂う「ガンバリズム」と、個々の限界を知らしめることかもしれない。
だから、予め挫折を経験させる状況をつくり、頑張れる範囲を教えておくことが重要かな〜。