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ラザロ・ラザロ

 これを読了。

ラザロ・ラザロ (ハヤカワ文庫JA)

ラザロ・ラザロ (ハヤカワ文庫JA)

 昔から医療サスペンスは割と好きだったりする、大森望が推薦文を書いていたし、ということで購入。でも、何となく放置していて、やっと読み始めたらこれが結構ぐいぐいと引きずられて、500ページあまりを一気に読んだ。

 読みやすい文章だし、ひねりのきいた構成で気持ちよくどんでん返しをしてくれるし、登場人物もエッジの効いた造形だ。
 一読してみて、手練れだな〜、と思う。


 特に科学的な背景を、深入りしすぎることもなく、イメージはきちんとつかめるように記述していて、上手いと思う。瀬名秀明の「ブレイン」とかだと、本気に詳しいものだから、詳しく描きすぎてかえってわかりにくくなるところがあった。また、そうなるとSFなところというか、つまりはホラを吹く部分をどう入れ込むか、という段になったときドツボにはまってしまうようなところがある。この作品は、その辺を上手く処理していて、物語全体が破綻せず、すんなりと読み進められるし読み手の腑に落ちる。

 この作品自体は「若い女性読者向けの嘆美もの」というコンセプトで始まったらしい。確かに、超ドハンサムで優秀な主人公廣田が、ノンケなのにこれまた超エリートハンサムなフェアフィールドに言い寄られてしまって・・・。ってな所は確かに嘆美もの。けれど、主人公廣田が大飯ぐらいのどこか憎めない宮城とコンビを組むことで、本気にどろどろした情念の世界にならないですんでいる。また、つかさという健全な女の子を配することで、明るく終わって読後感が良い。更に、このつかさの存在により、主な対象読者であろう若い女性は、つかさに自分をダブらせるし、それによって物語に入り込みやすくなる。その辺あたりの処理が、本当に上手い。

 
 私が個人的に印象深く思うのは、癌と若返りの両方を開発した倉石医師(斑猫)と、病院の理事長夫人である蓉子の関係。恐らくは50代から60代と思われる二人が惹かれあい、癌治療の副産物として表面的には若返った倉石医師は蓉子の元に戻ってくる。その蓉子の死を知ったときの、絶望感。蓉子の世話をする中で、「人間には愛情をかけたいという基本欲求があり、それを満たしてくれる対象が必要なのだと、その時始めて知った。」のに、その蓉子が既におらず、自分の体は若いままでも誰とも関係がなく、自分の存在は空である事を知った時、それは無常としていいようがない・・・・。


 それはまた、ウイルスに冒され治療を受けた結果として若返り、そして全てを無くしてしまった向田代議士にも言える。
 「しかし先生、年をとるってのも自分の一部なのさ。自分をなくして若い自分に戻ったところで、何も残ってやしない。何にもできないんだよ。」
 と語り、殺された息子の復讐をするしかなかった向田大蔵が最後に死んでしまうのは、救いだったかもしれない。



 で、そういうあたりをきちんと描くことで、単なる嘆美小説だけではない仕上がりになっていてそれなりに読み応えがあった。更に後一皮むけて、もう少しこうぐっとくるような感じが出れば、ベストセラーの中にも入り込んでくるだろうなあ、と思う。


 機会があれば、その他の作品にも目を通してみたいと思います。