スカイ・クロラ
今年は大掃除の手を極限まで抜いてお正月を迎えた。どうにもやる気になれなかったので。そして、本を読んで、十分に寝て、掃除を始めた。正月から掃除かよ、とも言えるのだが、まあそこはおいといて、掃除をしては、本を読んで、また掃除して本を読んで・・・。
で、とりあえず図書館で借りたままになっていたこれを読破した。
- 作者: 森博嗣
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2001/06/01
- メディア: 単行本
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何だかとても話題になった映画の原作。森博嗣の本は推理物は何冊か読んだけど、惹かれる部分もあるものの、何だかついて行けない発想のところも多い。これもだいぶん前に読みかけて放置してしまっていた。
片付けをして出てきたこれを返却するために、再度のトライ。で、これはどう読めばいいんだ?と思いつつ読んでいった。
話はひたすら淡淡と続く。何の説明もなく、一人称で語られる文章から、彼らが戦闘機に乗って闘事を日常としていることが判る。その戦闘シーン、あるいは日常は、戦争映画のようにリアルでもないけど、宮崎映画のように軽やかに明るいノスタルジーに満ちた世界でもない。ただ、淡淡と淡淡と・・・。
そして、あまりの単調さに投げ出してしまいたくなる。
そして、最後に至って、実はこの単調さこそを狙っていたのだな、と判る。
未来もなく夢もなく成長もなく目的もなく、ただ殺し合う事を強いられたら・・・。難の彩りもない淡淡とした日常しか続かないのだと判ったら、それを続けたいと願うのか?それとも、強制終了させたいと思わされるのか?
で、これは寓話として、現実の私たちの社会そのものをも示しているのだろう。
感情のない機械のように、あるいは、同情や思いやりと言った感情そのものさえ労働の一部として要求される毎日。それが続けば、私たちは嫌でも自分自身の夢や未来と言ったものに対する興味を失ってしまう。そして、ある日役目を終えて労働空間から廃棄されたとき、私たちの前には何もない。
そのことを皆薄々と感じつつも、様々な理由で目の前にある仕事に吸い寄せられ、未来を夢想することなく日々を送る。その中で、その日常を終わらせる手段は何?と問われたら・・・。
本当は、未来はいろいろとあるし、どうにも自分が追い詰められたなら、それを打開する方法はいくらでもあるはずだ。泣き、相談し、話しかけ、リアルな人間から情報を得ること。人の中で泣いて怒ってしゃべっていれば、必ず道は開けてくる。けれど、そういう弱みを見せること、相談することさえできず、内に内にと向かって行けば、その日常を終わらせる方法は、草薙のような方法しかなくなってしまうかもしれない。
ってな感じに、これは何?と考えさせることが、目的の本なのかな〜。
でも、これって余裕のある時でないと、読めない。
続いて「ナ・バ・テア」を読みたいか、と言われれば微妙だな・・・。