hyla’s blog

はてなふっかーつ!

夏至の森


気にかかっていたことが解決したので、少し明るい気分で本屋へ行って、早川書房東京創元社に貢いできた。
またもや寒いし、明日から連休なので、ゆっくり読むつもりで、とりあえず1冊目に手をつけた。これである。

 

夏至の森 (創元推理文庫)

夏至の森 (創元推理文庫)


 1月の半ばに、これが出るのに気づいたけれど、近所の小さな本屋ではおいて無くて、たまたま今日行った本屋で見て買った。マキリップと言えば、以前は早川だったのだけど、最近はマキリップといえば東京創元社といえる。ここ最近のマキリップは全部東京創元社がちゃんと訳してくれていて、マキリップファンにはありがたやありがたやである。
 
 けれど、マキリップの作品の独特の硬質で美しい描写や、言わずして語る語り口は、読み手を選ぶ作品群でもある。繊細に選ばれた言葉で構成されたその世界の雰囲気は、はまるとそこいらのファンタジーとは段違いの美しさがある。言葉によって喚起されるイメージの強さは半端ではなくて、入り込むと出てくるのがつらくなる。だから、マキリップファンはいつまでもファンで、けれど多分一般ウケはあまりしない。
 そういうマキリップの作品は、だから私でもいろんな現実の諸問題を抱えていて、あれをしなければこれをしなければと心のどっかで思っているような時は、言葉が自分の上を滑っていくような感があって、上手く世界に入り込めない。


 そんな中では今作は、マキリップの作品としては、非常に入り込みやすい作品になっている。マキリップにしては珍しく現代作品で、「冬の薔薇」のロイズの子孫に当たる一家のお話。

 リン家のシルヴィアは父親を知らず、母も早くに死んで成長と共に都会で家を離れて一人暮らしをしていたが、祖父が死んだという知らせを受けて久しぶりに家に帰る。主を失った事で、現実の世界とそうではない世界の境界に立つリン家の周囲では森の女王の元、その眷属が次々にこの世界に現れ始め、従兄弟までが取り替えっこが現れる。再び無効の世界が来ぬように縛り付ける事はできるのか、シルヴィアは自分自身を受け入れることができるのか?といった物語。



 で、こういう現代社会を舞台にして、魔法とか妖精とか吸血鬼や人狼が実は普通に側にいるというストーリーは割と最近はたくさん書かれている。けれど、下手な人が書くとその妖精の存在が妙に普通の人間と似通ってたり、あるいは逆に異世界に対する人の反応がそれはないでしょう、といいたくなるような時があって、そういうファンタジーはなかなか陳腐になりがち。その点、美しい異世界を紡ぐ事のできるマキリップはどのように処理するのか見ると、さすがに手練れだ。導入部の主人公は、戻る事をいやがっているけれど、戻ってきたことで次第に月と闇と深い森のある世界で、あちらの世界が次第に流入する。その様子が自然で、だから異世界のパワーが強いこと、だから主人公が戻りたく無かったということが納得できる。だから、それほど違和感は感じずに読める。
 
 登場人物の中では、実はその針仕事によって世界を縛り守っている繊維ギルドの面々が個性的。ある意味、シルヴィアよりも、祖母であるアイリスやそれを支える彼女やオーウェン達との繋がりがとても魅力的に感じられた。更に、直接には出てこないリアムが、とても魅力的。穏やかで優しくあるものをあるがままに受け止めるリアムが、高飛車で気が強そうに見えるアイリスを受け止め、だからアイリスはそういうリアムを頼り失いたくは無かったのだろうし、失って哀しいより混乱し怒るよりなく、そういうアイリスのあり方もまたリアムは必ず許しただろうと思わせる。
 そして、頑固で誇り高いという祖母・母からの性格をそのままに持つシルヴィアも、優しい恋人がいても、心底は彼を信じ切れていないが、自分自身を受け入れ、彼を受け入れ、そしてアイリスとシルヴィアのようになっていくのではないかと感じさせて終わるから、読後感は明るい。そのほか、オーウェンとルー、ドリアンとリース、タイラーとジュディス、それぞれに上手くまとまりそうだ。

 
 また、今作ではあちらの世界の女王は、なぜこちらの世界に侵入して来たのか、その目的が「自分たちを縛らないで欲しい」と言うことを伝える為である。異質ではあるけれど、同時に美しく魅力的であるという妖精の、あるいはあちらの世界をどのようにとるかは、結局人間次第なのだろう。

 危険ではあるかもしれないけど、縛ってしまえばその価値を無くしてしまうものもあるのだ。安全性を重視したテーマパークにはない、危険だけれども美しいものが森にはある。けれど森は恵みと同時に、危険な場所でもあるから、場合によっては神隠しにあって帰れなくなるかもしれない。
 そういう自然を、そのままにつきあって行ってはどうだろうか、というメッセージかもしんないなと思った。


 と言うことで、この作品はマキリップの中ではなじみやすく、わかりやすいし、マキリップを知らない人にもそこそこ読んでもらい易い作品だと思う。頑張って良さを伝えたら、まずまず売れるんじゃないかしら。



 が、しかし一つ不思議に思ったこと。
 どうして「夏至の森」なのに、1月の大寒の寒い頃に出版されるのかな〜。